『風光り、風渡る』

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『風光り、風渡る』
今年もやってきた、真っ白な霧の集団。
いつもは見えない風が、ついにその正体をあらわす。
ゴオオオー、ゴオオオーとすさまじい音をたてながら、
たちまちあたりを墨絵の風景に変えてしまう。
上流から下流まで数十キロ、
S字をくり返し蛇行する河流の道案内で、やっとここまでたどりついた。
赤橋の上で、ほんのつかの間、息を正す。
そして朝陽の微笑のエールを受けながら、さらなる旅を始めようとしている。
果てしなく広がる海へ、
未知なるものへの憧憬を孕(はら)んで、
風光り、風渡る。

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秋から冬にかけ、そして初春まで、
早朝、この赤橋を真っ白に変えてしまうほどの濃い霧が発生する日があります。
河口の町、長浜の人たちが、「あらせ」と呼んでいる「肱川あらし」の吹く日です。
これは上流の盆地と伊予灘の気圧の差から生じる現象で、
肱川の特殊な地形が生み出す局地風として、
世界的にもとても珍しいものとして注目を浴びています。
夜から早朝にかけ、盆地にたまった霧が、狭いV字谷を通って海に吹き出す強風は、
さらに沖合いへと達し、静かに旅立っていきます。
その幻想的な光景に魅せられ、
「あらせ」のシーズンともなると、全国各地からたくさんの人達がやってきます。
この壮大な自然のパノラマをひとめ見ようと、
そしてそれをカメラにおさめようとしますが、
時には霧は思わせぶりの声をあげるだけで、
その姿を見せず、人々をがっかりさせててしまう事もあるようです。
「あらせ」発生の日は、気まぐれです。
天気図などから、ある程度は予想がつきますが、
その霧風の濃淡は、優しく包み込む大気のキャンバスの中で、
風の意志を色濃く投影して、微妙に変化しながら進んでいるからです。

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そう、風の意志、
激しい「あらせ」を目にするたびに、とても力強い風の意志を感じてしまいます。
木々の葉っぱをふき飛ばし、水底の小石までころがしながら、
真っ白な息を吐いて、海へ海へと突き進む「あらせ」は、
まさに感動的な自然の抒情詩です。
まるで山奥の木々の想いをのせて、
そこで暮らしている人たちの、
まだ見ぬ遠い風景への憧れをも孕(はら)むかのように、
腹の底から発するような雄たけびをあげながら、河口へとつき進んでいきます。
下流の町では、その「あらせ」を迎え入れ、豪快な自然の吐息に目をみはり、
風の行手に果てしなく広がる海への想いを募らせます。
まさしく「あらせ」は、人々の感情を呑み込み、
どんどん膨らみながら疾駆する風といえるでしょう。
風白くて、華やかな色はないけれど、
人々の希望や憧憬が燐(りん)光を放ち、「風光る」のです。
そしてそれはまた、こなたからあなたへと別離を伴いながら「風渡る」、
ちょっぴり悲しい匂いのする風でもあるのです。

未知なるものへの憧憬が捨てきれず、
松尾芭蕉は46歳の時に、みちのくへの旅を決行しました。
「奥の細道」にはその旅の消息が存分におさめられています。

この「あらせ」をまのあたりにするたび、
私は、その荒ぶれた激しい霧風の中に、
万葉人の熱き思いをだぶらせ、芭蕉ら先人たちの句を思い浮かべ、
意識が、流れ行く風景を静止画面としてとらえるようになり、
静謐(せいひつ)な心持ちになるのです。
そして未知なるものへの憧憬が、
沸々(ふつふつ)とこみ上げてくるのを抑えることができなくなるのです。

人々の様々な思いを孕(はら)んで、「あらせ」が吹いた朝、
その日の午後は決まって穏やかな晴天になります。

「冷(ひ)やいねえ」

赤橋の上では、「あらせ」をまともに受けて
集団登校の子供たちが背を丸め、前かがみで学校へと急ぎます。

沖では、河口から吹き出す「あらせ」をまともに受けて、漁船の一日が始まります。

「ぬくうなるぞ」

「あらせが出とるきのう、今日はええ天気じゃ」

町のあちらこちらでお年寄りのつぶやきが聞こえてきます。

冷たく、激しく、そして光輝く、、、
そんな「あらせ」に吹き飛ばされそうになりながらも、
お年寄りのつぶやきにほっとして、
「あらせ」をすっかり見送ったあと、
この小さな町にも、やっと春が訪れます。

果てしなく広がる海へ、
未知なるものへの憧憬を孕(はら)んで、
風光り、風渡る。

おわり

文 濱田 毅  写真 SHIGERU AONO

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